1991/04 あの高名な演出家の新たな挑戦

メリカ製ミュージカルを日本でロングラン公演したり、選挙運動のプロデュースを手がけて、"ちょっとキザ"な元テレビ局員の候補者を銭湯に送り込んだり......など、その活動の多彩さで有名な舞台演出家のA氏が、このほど新作発表記者会見の席上で、次のような爆弾宣言を行なった。

「今後、ミュージカルの仕事などは減らし、結婚披露宴の演出を積極的に手がけてゆく」

 なんと、商業演劇の大御所の地位をかなぐり捨て、ブライダル産業へ転進をはかるというのだ。

"6月の花嫁"と題されたA氏の新作(6月初旬より都内赤坂の某ホテル宴会場で公演予定)も、実は大企業の御曹司と大物政治家の娘の結婚披露宴だという。ただし次のような点で従来とは一線を画す、かなりユニークな披露宴のようだ。

・全体は、大ヒットしたテレビドラマ「東京ラブストーリー」をヒントにした物語構成。

・ミュージカル俳優や海外の一流ダンサーが大挙出演。来賓のスピーチ、祝電披露、ケーキカットなどは「劇中劇」のかたちで演じられる。

・一般観客用のチケット(食事つき2万円から)も用意。

・2週間にわたって毎日2回公演。

・新郎新婦は開催費用を負担する必要がなく、出演料も支払われる。

 以下、記者団との質疑応答の様子を、現場からの中継のスタイルでお届けすることにしよう。

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--Aさんのような超一流演出家が、結婚披露宴などという、言っちゃなんですがあまり芸術的でない仕事に転身なさる、その真意をうかがいたいのですが。

A「いや、私は別に演劇から手を引くわけじゃない。演劇活動のひとつとして結婚披露宴も手がける、ということです」

--結婚披露宴は"演劇"の一種だとおっしゃるんですか?

A「披露宴のような"祭り"こそが、むしろ演劇の基本でしょう。いまの披露宴が芸術的だとは言わないが、だからこそ、それを高めてゆく必要がある。劇場へ足を運ぶ客は限られているが、披露宴なら誰でもたびたび招かれる。その質が向上すれば、国民の演劇への関心や鑑賞力はもっと高まるはずです」

--披露宴の質的向上が、演劇界の活性化のカギを握っていると?

A「その通り。従来の日本の結婚披露宴は、ご祝儀を名目に数万円もとりながら、中身はお粗末なディナーショーもどきにほかならなかった。今のままでは、日本人の"演劇する心"は死んでしまう。新婦の"一生に一度は晴れ舞台に立ちたい"という願望も、中途半端にしか達成されない。歯の浮くスピーチを聞きながら、さめた料理を食べるだけが披露宴じゃない。もっと質の高い、招待されても迷惑でない、採算のとれる披露宴は可能なはず」

--つまり、「商業披露宴というジャンルがあってもいい」と?

A「そういうことです。今後、結婚予定のカップルをオーディションして、その演出も引き受けます」

--採算の見込みは?

A「親戚や知人が見に来ることが確実で、宣伝費もあまりかからない。たとえばミュージカルなどより、ずっとリスクは少ないでしょう」

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 なるほど、金を払っても惜しくないほど面白く、一般観客にも解放されるとなれば、見る方は楽しいし、舞台俳優の働き口も増える。新婚カップルの両親の負担軽減にもなる。

 なんか話がうますぎる気はするが、しかしまあ、当代の一流演出家たちの手になる披露宴が続々公開されたら、確かに、ちょっと見てみたい気はしますね。

(c)YanaKen 1991 as "バニー柳澤" オリジナル掲載誌:集英社「月刊PLAYBOY」1991/4?