1990/05 「あいまい」な道具たち

ちらかというと夜に近い夕暮れどきのJR埼京線の車内で、わりと大手の通信販売会社の企画部に勤めているらしい愛子さんと舞子さんのふたりのOLが、おしゃべりに花を咲かせていた。

「最近さあ、何かちょっと面白めの話ってなあい?」
「尾も白めっていえばさ、うちのとなりの三毛猫がまっ白な子猫を産んだみたい」
「そういうのじゃなくて、ウチの会社の通販カタログに載っけたらウケそうな商品を見かけたとかさ」
「どうしたの? 仕事熱心じゃん」
「アイデア商品って私、意外と仕事抜きで好きみたいなとこがあったりするから」
「ふーん。そーねー。わりと最近驚いたのが洗濯機かな。けっこう変わったのが出てきてるみたいよ。ちょっと前に買い替えたとき、『なるべくラクなのない?』って電気屋さんに言ったら、『あいまい理論を応用したのなんかいかがでしょう』とか言うわけ」
「あいまい理論? なにそれ」

「よくわかんないけどさ、洗濯物の重さとか汚れとかをセンサーで検出して、洗濯時間を勝手に決めてくれるらしいのヨ。一種の人工知能かな。洗濯物がいたみにくいっていうから、結局それ買っちゃったりしたわけ」
「あいまいな人工知能なの?」
「だからホント私、よくわかんないんだけどさ、『今日のはわりあい重い』とか『かなり汚れてる』とか、そういうあいまいな基準で洗濯物を判断して、どうすべきか推論するんだって」
「へえー、それひょっとしてかなり面白くない? あいまい理論で推論ネ。ウチの商品企画に使えるかもしんない。たとえばそれを使ったエアコンがあればさ、『ちょっと暑いんじゃない?』って人間が思った途端に冷房してくれたりしない?」
「確かそういうエアコンもあるみたいなこと言ってた」

ー、もうあるんだ。じゃあ、えーとね、『あいまい理論で推論するコーヒー自動販売機』。太めのコが砂糖増量ボタンを押しても受け付けてくれなかったりするという......」
「庶務課の肥田さんにうらまれそう」
「あいまい理論の掃除機。床がだいぶ汚れてるナと思うと、いきなり吸引力が強くなったり」
「使ってる人がつまづかない?」

「じゃあ、あいまい留守番電話。今はちょっと出たくない相手だナって推論すると、テキトーに居留守使ってくれるの」 「それ、けっこういいかも。あとさ、ウチの売れ筋商品だと、バイブレーターに応用するテがあるかもね」
「完成したら自分で買おうと思ってるでしょ」
「やめてよ~」
「独身男性向けだと、当然あれね。"ダッチワイフ"」
「うんうん。宣伝コピーまで思い浮かぶかも。『若いあなたのあいまいモコモコ気分を、バッチリ推論してスッキリ開放!』......あ、ちょっと待ってよ。これはちょっとビミョーかも」
「何で? いいアイデアじゃない」
「だって、宣伝コピーの続きが思い浮んじゃった。『ホンモノの女性より気がききます』って」
「きゃーっ。そんな企画、没よ没! なんて言ってみたりしてっ」
「きゃははは!」

 と、そのとき、愛子と舞子はようやく周囲の乗客たちの視線に気づいた。あいまいな照れ笑いを浮かべながら、
「あは......ちょっともしかしてヒンシュクだったかな」
「ねえ、赤羽で降りてお寿司なんか食べたりして帰ろか」
「そうそう、お客の注文を推論する全自動寿司屋なんて、いいと思わない?」
「それより、頼んだ寿司の値段を推論する電卓のほうがうけるんじゃない?」
 電車が次の駅に停まるまでの間、ふたりのヒソヒソ話はなおつづいた、らしい。


PLAYBOY FRONT LINE バニー・柳沢の「今月は先月の来月」(月刊PLAYBOY 1990/5)、一部表現を修正。
原題「"推論する"機器たちに取り囲まれる、われらが21世紀?」


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 むー。もうちょっと面白くできたネタだった気がする......。