エリマキトカゲよりダメな"駄犬"が好きだ

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 たとえば、上方落語にこういうのがあるという。
〈「こいこい」と呼ばれて、おいしい御馳走にありつけるかとよろこんで駆けていった犬が、しょんぼりして戻って来る。
「あかん、坊んに小便(しし)やってなさったのや」〉
●江戸の風刺家、寺門静軒の「江戸繁盛記」という本には、こんな話が書かれているそうな。
〈下町の道ばたに、黒と白、赤にぶち、いろいろな犬が集まっている。見ると一人の小僧が、「白や、白や」と呼んでいる。白がすぐに起き上がって、尾を振って走っていった,赤と黒とが顔を見合わせ、
「あいつまた呼ばれやがって、うまい餌にありつくぞ」
といっていると、白はほどなくしょげこんで戻って来た。みんながその顔を見ると、両方に眉が黒々と描いてあった〉
(以上、毎日新聞社刊 「日本の生活文化史1・犬と猫」岡田章雄著より)
●どうも犬には、こういうしよぼくれた話が似合う。そして僕は、そういうナサケない″駄犬″というやつが大好きである。
●そういえば、旅先でこんなことがあった。

「えとせとらんど」復刻版

 田舎道を歩いていると、前日の雨でずぶ濡れになった、見るからにみすぼらしいオスの黒犬に出くわした。
 その姿と顔つきから判断すると、どうも 「人に飼われた経験のある野良犬」らしい。
●尻尾をふって寄ってくるのでポテトチップをやったら、すっかりよろこんで、つかず離れずいっしょについてくる。というか、とっとと先にたって歩き、立ちどまってこちらが追いつくのを待っているのだ。こちらが横道にそれると、あわてて引き返してきてまた先にたつ。
 ときには、でかい図体してるくせに、畑に入りこんで子供っぱくモンシロチョウとじゃれたりするが、しばらくするとまた追いつく。
●そうこうしているうちに、とある民家の前を通りかかった。 犬はエサでも探すつもりか、その家に入りこんだ。
 かまわず歩いていると、背後から、
「キャイーン!」
 という悲鳴が聞こえる。振り返ると、黒犬がすごい勢いて走ってるのが見えた。
 そしてその背後には......その家の住人らしいちっちゃな三毛猫が、フギャゴといいながら黒犬を追っているではないか。
●やがで黒犬は、すっかりしょげた顔で追いついてきた。ときどき立ちどまっては尻尾のつけ根をなめる。噛まれたらしい。
●少し歩いて、道を間違えたことに気づき、僕はいま来た道をひきかえすことにした。
黒犬は、それでもなおしばらくついてきたのだが、やがて、さきほどの猫のいる民家に近づいて......ふと見回すと、もうどこにもいなかったのである。
●よくよくナサケないやつだ。でかい図体していなから、あんな猫一匹がこわくて、尻尾を巻いて逃げるなんて。だがそのナサケなさが、なんというか、たまらなくいとおしい。
●こういう心情は、多くの日本人が共通に持っているものかもしれない。そう考えなければ、例のエリマキトカゲの異常人気の説明がつかない。あの逃げっぷりのナサケなさは、駄犬の態度物腰にそっくりだ。
●......もっともエリマキトカゲの場合、その駄目っぶりは立派な芸だが、駄犬の場合はそうした芸さえないわけで、″エリマキの次は駄犬ブーム″なんて展開にはなりっこない。
しかし、だからこそなおさら僕は、駄犬が好きなのである。          ●主筆● 

双葉社「別冊アクション」1984年8月10日発行号 連載コラム「えとせとランド」より