1991/05 ニッポン新国防プロジェクト

99×年春、「日本は核兵器を保有している」という噂がなぜか突然広まり始めた。
 政府が否定すればするほど話に尾ヒレがつき、「中距離核を搭載したハイテク原潜を建造した」だの、「いや、戦術核を積んだ巨大ロボット型の水陸両用兵器らしい」などと、コミックかアニメに出てきそうな話が、まことしやかにささやかれ出したのである。
 国会でも、「よそからそう思われてるなら、持てばいい」などと言い出す議員が飛び出し、騒ぎは拡大するばかり......そんなある日、時の内閣総理大臣Kは、次のような"重大発表"を、テレビを通じておこなったのだった。

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 国民のみなさん、衛星中継を通じてご覧になっている世界の皆さん。まず「日本は核兵器を保有している」という噂は、この場ではっきり否定します。
 ただ、噂の根拠に心当たりがないわけではないことも、このさい公式に認めましょう。じつは日本政府は国民にも内密のまま、ある"国防プロジェクト"を進行中でした。

 現代において、国防......"国を守る"とはどういうことでしょうか。今、国の安全をおびやかすものは他国の侵略行為だけでしょうか。

 1986年のチェルノブイリ原発事故は、ソビエト連邦のみならず、周辺諸国にも深刻な放射能汚染をもたらしました。1991年の湾岸戦争では、原油流出による海洋汚染や油田火災による大気汚染が周辺諸国を苦しめました。
 今、国を守るのにいちばん必要なことは、むしろこうした国際的な巨大災害への備えではないでしょうか。

 チェルノブイリ原発事故では、消火にあたった消防隊員に多くの死者が出たと聞いております。一方、湾岸戦争における多国籍軍の人的被害は、作戦の規模の大きさにもかかわらず100名に満たなかった。いまや、防災従事者のほうが、兵士よりよほど危険な職業なのです
 つまり、命がけで国を守ってくれる人材と、彼らの安全を最大限確保できる設備とが、現代における"国防"の根幹といえないでしょうか。

 そのような観点から、先年わが内閣は、自衛隊とはまったく別の国防組織、仮称「日本国際救助隊」、コードネーム「キジ(雉)バード」を設けることをひそかに決議し、日本のハイテク技術を生かした新兵器......失礼、最新鋭の防災機材の開発・導入に着手しました。
 いち早く現場に急行できる超音速指令機。救援機材を送り込むコンテナ式大型輸送機。救難信号をキャッチする人工衛星。放射能汚染に強い超合金製の消火・土木作業ロボット。流出原油を効率よく吸収できる潜水艦型バキューム・タンカー......。

 原発対策も含まれるため、国民の皆さんに不安を与えないようにとの配慮で秘密にしてまいりましたが、一部の情報が不完全なかたちで外部に漏れ、"日本は核を持とうとしている"という噂になったものと思われます。ちなみに原発事故用ロボットは、あくまでも近隣諸国の原発の事故に備えたもので、もちろん国内の原発は十分に安全であります。

 ともあれ今後、正式に隊員募集もおこない、原発のメルトダウン、化学工場の爆発、油田火災、地震・津波・噴火など、国内外を問わずどんな大規模災害にも対処しうる最強の軍団、もとい、組織に育て上げたい。カネでしか国際的に貢献できない日本の立場にも終止符を打ちたい、と考えております。
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 ......というわけで、間もなく正式発足する国際救助隊は、命知らずの勇敢な、国土を愛する若者を求めています。
 優雅な南洋の秘密リゾート基地を用意してお待ちしていますので、どうぞふるってご応募を!

(c)YanaKen 1991 as バニー柳沢 オリジナル掲載誌:集英社「月刊PLAYBOY」1991/5(No.191)
PLAYBOY FRONT LINE バニー・柳沢の男の浮遊講座「今月は先月の来月」
原発事故や大気汚染のほうが、侵略より怖い時代の「国防」とは?


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 あらためて説明するのもナンですが、1990年代初頭から中盤にかけて圧倒的な人気を誇った「沈黙の艦隊」(1989年~1996、かわぐちかいじ)の設定を借りつつ「日本は、かの60年代SF人形劇映画"サンダーバード"に描かれているような、"機動力に富んだ救助専門組織"の整備に力を注ぐべき」てな話を書いたものです。
 自衛隊イラク派遣問題、相次ぐ台風上陸、新潟中越地震、そしてさきごろのスマトラ沖大地震による大津波の惨状などなどを目にするにつけ、あらためてその感が強まったりする今日このごろです。
●おまけ●
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