ゆうひが丘３丁目に、「丸山特許事務所」という看板をかかげた古い木造家屋がたっている。その事務室で今、所長の丸山氏と客の中年男が、熱心に話しこんでいた。
「丸山所長、特許申請の仲介ではいつもお世話になってますが、今日は苦情を言わせてもらいますよ」
根は穏やかな人物の、精いっぱいの自己主張......という雰囲気で話している男は、町内のアマチュア発明家・小野寺氏である。
「わかってます。これでしょ？」
デスクに広げた夕刊の見出しを指さして、丸山氏が言った。
《右回転のコマは軽くなる／東北大で重力の対象性を崩す実験／一般相対論に波紋／本当なら物理学の定説をくつがえす大発見》
「いや、私も驚きました。コマを高速で右回転させると、止まっているときより軽くなるんですって？ 偉い学者にも、毎日コマなんか回して研究してる人がいるんです、わははは」
「笑いごとじゃありません。この学者の発表内容は、２年半前にあなたに特許申請の仲介を頼んだものと、基本的に同じじゃないですか」
「たしかに似てますな、今思えば」
「あのときあなたは、私の発明を徹底的にけなしてボツにした。おかげで私は、ニュートン以来の歴史的発見の栄誉を棒に振ったのです」
「仕方ないでしょ、あれにそれほどの価値があるなんて、わかるワケがない。"右回りに回しても弱くならないベーゴマ"だなんて......。せっかくの発見を十分に生かせなかった小野寺さんに私が文句を言いたいくらいです。私だって儲けそこなったんですから」
小野寺氏は少しムッとした顔で、
「"ベーゴマを時計回りに回すと、敵のコマに飛ばされやすい"というのは私が子供のころの、遊び仲間の常識です」
「昔の子供はよくベーゴマや地球ゴマで遊びましたからね」
「そこで私は、コマの回転の風圧を利用して軽量化を抑えた、強いベーゴマを発明した。まさかそれが未知の物理現象に基づいたものだとは知らなかったのです」
「つまりあなたも、コトの重大性は認識してなかったわけでしょ？ 大体あなたの発明は、言っちゃ悪いが、いつも視点がちょっとズレてるんだ。おととしのアレもそうでしたよね」
「重水素電気ごたつのことですか？」
「そうそう。あれは、常温核融合を先取りしたものだった......でも、"これはパラジウムと白金(プラチナ)と重水素を用いた、とても電力を食う、おまけに中性子まで発生するこたつだ"なんて言われたら、普通、だれでもボツにしますよ」
「いや、まあその......」
「今回、私も注意が足りなかったことは認めます。これからはあなたの発明品は、なるべく慎重に特許申請の可能性を検討します。そんなことでご勘弁願えませんか？」
「うーむ。まあどっちみち、今さら騒いでも、あとの祭りですけどね......」
「お詫びに、今度メシをおごりますよ。そうそう、今作っているという万能タイマー。あれはどうなりました？」
「まだ実験中ですが、ちょっと壁にぶつかってて。タイマーを逆回しして時間の流れを逆流させるとき、微調整がうまくいかないんです。こないだも間違えて、うちの電気釜が江戸時代に飛んで行ってしまいました」
「そんなに不安定じゃ、焦げたごはんを炊きたてにもどすのにも使えませんねえ。がんばって、もうちょっと実用的なものにしてくださいよ」
◇ ◇
と、そんな不遇の"町の発明家"が実在しない、とはだれも断言できない、ような気がする今日このごろである。
(c)YanaKen 1990 as バニー柳沢 オリジナル掲載誌：集英社「月刊PLAYBOY」1990/3
PLAYBOY FRONT LINE:「今月は先月の来月」......ニュース「右回転のコマは軽くなる!?」を「三丁目の夕日」ふうに
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正直、今回この復刻作業をはじめるまで、こういう話題があったことも、それについて自分がこういう原稿を書いたことも忘れていたが、「コマの右回転」の話は、当時東北大の工学部にいた早坂秀雄博士というひとが学会誌に発表したもの。ひとしきりマスコミで話題にはなったものの、他の研究者による追試結果が不安定だったようで、世間的にはどちらかといえば否定的見解が支配的なまま現在に至っているようだ。
現在も、この関係の情報はけっこうインターネットで手に入るようである。というか、上記もそうして手に入れた情報の受け売りなわけだが。
同じ「ココログ」内にも１件言及が見つかったので紹介しておこう。
http://newscience.air-nifty.com/blog/2004/06/post_29.html
なお、この話題についてさらに詳しく知りたい人は、早坂秀雄博士ご本人の著書があるようなのでそちらをご参考にどうぞ。
・「宇宙第5の力 反重力はやはり存在した」 徳間書店 1998
・「早坂秀雄」でamazon.co.jpを検索