大地震のショックもさめやらぬ某国某市では、市街復興を推進するために急きょ「震災復興特別委員会」が結成され、精力的な活動が始められた。
「なにはともあれ、世界屈指の地震大国であり、耐震設計の先進国とされるニホン国トーキョー都に委員を送り込み、その先端技術の実態をつぶさに視察して、都市設計見直しの手本とするのがいいのではないか」
そんな意見が委員たちのあいだからあがり、さっそく視察団の一行がトーキョーへと旅立った。
「やー、どうもどうも。お国の震災はなかなかすごかったですね。私もあのハイウェイ事故現場をニュースで見ましたが、それ以来サンドイッチに手が出なくなりましてねえ」
ナリタ空港で一行を出迎えた所属不明の国家公務員氏のジョークに顔をしかめながら、視察団はバスでトーキョー都内にむかった。
道々、さっそく公務員氏が沿道の風景の説明を始める。
「まず申し上げておきますが、今日、私がご説明することは、すべてトーキョー都民には知らせていない機密事項です。どうかオフレコということでお願いします」
公務員氏はマイクを握りなおした。
「さて、あれが最近落成しました、東洋一の災害時避難施設。家を失った都民10万人が、ひとつ屋根の下で家族的に暮らせるように設計されております」
「ほう、こんなに巨大な避難専用施設が作られているのですか」
「まあ、これだけのスペースをあそばせておくのはもったいないので、ふだんは"マクハリ・メッセ"と称して、モーターショーなどのイベントも開催しております」
一行は、とりあえず素直に感心した。
「あちらに見えますのはトーキョー・ディズニーランド。名前はトーキョーでもチバ県内ですので、もしトーキョーが地震で壊滅してもミッキーマウスたちは安全です」
委員たちはこれを「たぶん冗談のつもりなんだろう」と推測して、聞き流した。
「いよいよトーキョー都内です。木造家屋がたてこんでいますが、木造といえば火災が問題になるところ。しかしご心配にはおよびません。この付近は海抜ゼロメートルで、大震災発生時には自動的に堤防が切れ、流入した海水が火災を未然に防ぐように設計されています」
一同の表情がくもってきた。
「さて、クルマは湾岸道路から首都高速道路へと入ってまいりました。この首都高速、失礼ながらお国のそれとは違って、二重三重の対策がほどこされています。
詳しい資料はのちほどお渡ししますが、特筆すべきポイントは、ご覧のとおり"いつも渋滞している"というところです。
地震発生時、運転手がハンドル操作を誤って事故を起こしたり火災を起こしたりする危険は、クルマのスピードが速ければ速いほど高い。そこで首都高速には各所に隘路(あいろ)が設けられ、さらに最新コンピュータで制御された"工事渋滞発生システム"とあいまって、極力クルマのスピードが出ない構造になっているのです」
バスはノロノロと都心部にさしかかってきた。聞きしにまさる都心部の渋滞の加熱ぶりに、委員のひとりがつぶやいた。
「これだったら地震直前のサンフランシスコのほうが整然としているくらいだな」
それを聞いたか聞かなかったか、公務員氏が得意げに話を続ける。
「ご覧のとおりトーキョー都の中心部には、シンプルなマッチ箱型ビルディングがすきまなくたてこんでいます。それゆえ、地震で傾いても、ビルとビルとが互いに支えあい、完全崩壊の危険は回避されます。つまり、建物は壊れても、人はそんなに死なない。これこそが、じつはわが国の地震対策建築の基本。
また主要な建物では"万一崩壊したとき、どのくらい『絵』になるか"という点が重視されています。たとえばあちらのエッグ型ドーム。災害時には破れた風船のようにぺしゃんこになり、報道陣の恰好の被写体となるでしょう。
現代の災害対策では、マスコミへの対応、という要素が非常に重要です。マスコミを通じてすばやく強烈なニュースを流し、世界各国の同情を買う。こうすれば援助の手が世界中から寄せられて、すばやい復興が可能です」
ひとりの委員が、視察団長をヒジでつついて耳打ちした。
「もう十分だよ。トーキョーが"そろそろ一度、完全に崩壊したがっている都市"だってことはよくわかった。地震が起きないうちに帰ろうぜ」
一行は、アキハバラ見物もせずに帰っていったのだった。
(c)YanaKen 1990 as バニー柳沢 オリジナル掲載誌:集英社「月刊PLAYBOY」1990/1
PLAYBOY FRONT LINE:「今月は先月の来月」......ああトーキョー都の地震対策、の巻
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1989年10月17日の「サンフランシスコ大地震」を土台にした原稿です。