開業123年めの施設です。
106年前にリニューアルされています。
閉店してからおよそ75年になります。

旧・本郷菊富士ホテル / Hongou Kikufuji Hotel (N/A)

大正~昭和初期にかけて多くの文化人が滞在したホテルの跡
書籍:本郷菊富士ホテル近藤富枝著 中央公論新社
 終了:1945年頃   直近の施設更新: 1914年01月01日   建物落成: 1897年   創業: 1897年   確認: 2018年1月 8日 
本郷菊富士ホテル跡の碑
■碑文紹介
由来
明治三十年岐阜県大垣出身の羽根田幸之助、菊江の両親が此の地に下宿菊富士楼を開業し大正三年五層楼を新築 菊富士ホテルと改名し営業を続けたが昭和二十年三月十日第二次大戦の戦災に依り五十年の歴史を閉じた 此の間菊富士ホテルに止宿した内外の文学芸術思想医科学政治経済各界に亙り多くの逸材を輩出 近代日本の歩みに曙光を放ちてその名を今日に及ぶ。この菊富士ホテルの名を永く記念する

建立
昭和五十二年八月吉日
  羽根田富士雄
  羽根田孝夫
  羽根田武夫

主な止宿者 ※()は運営人注釈
石川淳 宇野浩二 宇野千代 尾崎士郎 坂口安吾 高田保 谷崎潤一郎 直木三十五 広津和郎 正宗白鳥 真山青果 竹久夢二 三木清 中條百合子(宮本百合子) 湯浅芳子 大杉栄 福本和夫 伊藤野枝 三宅周太郎 兼常清佐 菅谷北斗星 下村海南 青木一男 小原直 月形龍之介 片岡我童 石井漠 伊藤大輔 溝口健二 高柳健次郎 エドモンド(エドマンド)・ブランデン セルゲイ・エリセーエフ
(撮影:2005/09)
  • 振り袖火事(明暦の大火)の火元として名の残る本妙寺跡附近に明治30年代、下宿屋「菊富士楼」として開業。5階建てホテルとなった大正~昭和初期にかけて谷崎潤一郎、竹久夢二など多くの文化人が滞在。昭和20年3月10日の東京大空襲で焼け廃業。今は石碑が残る。 
姉妹サイト「東京エキストラNOTES / 募集情報」からのお知らせ▼





 募集カレンダー(撮影日別募集一覧)