秋、早稲田大学第一文学部が推薦入学制度を開始し、海城にも枠が一人分回ってきた。もともと文学部志望だったためさっそく名乗りをあげる。就職に不利な「文学部」、しかも学生紛争で死者が出たばかりのワセダ、ということもあってか、転入生の分際であっさり推薦を得ることに成功。
年明け前に受験勉強から開放されたため、年末は東京中央郵便局でアルバイトしてすごす。手作業での年賀状仕分け作業、当時最先端の巨大な「郵便番号自動読み取り区分け装置」(正式名称は知らない)の監視・補助など。
- この年の11月、早稲田大学構内で文学部学生・川口大三郎さんが核マル派活動家のリンチで殺害されるという事件が起きている。