橋本治「ノンシャラン巷談」('89)

 1989年~90年、創刊直後の雑誌「SAPIO」(小学館)に毎回見開き2ページで連載された社会時評コラム。
 ベルリンの壁やソビエト連邦の崩壊、宮崎くん事件、バブル崩壊の予兆、昭和から平成へ……と、激動の1年間を独特な切り口で読み解いた内容になっている。
 ぼくはというと、編集者、コーディネーターとともに都内のホテルで橋本治さんにお会いして語っていただき、そのテープおこし原稿と格闘しながら実際に原稿に仕上げる役目を担当していた。
 この連載は、のちに「'89」(マドラ出版)というタイトルで橋本治さん本人の加筆・修正を経て単行本化され、このあたりの経緯が前書きにも触れられている。
 ぼくとしても非常に著名な作家のいわば「代筆」ということで相当に気合いが入ったが、橋本治さんというかたは1時間、2時間(ベッドにねっころがったりしながら)延々語り続けた内容が、そのままでもちゃんと緊密に構成され、それ全体としてちゃんと完成された文章になっている……みたいな特異な力をお持ちの方。つまり、
「そのまま活字にしても十分通用する(ただし膨大な)語り文からエッセンスを凝縮し、かつ単なる"あらすじ紹介"にならないようにしなければならない」
 という綱渡りをライターはしなければならない。これは時間的にも経済的にもしんどい上、雑誌記事が持つ制約(内容面から見た必要文章量と、編集面から決定される記事の容量がしばしば一致しない)に過度に直面し続けるわけで、精神的にもちょっとつらい作業だった。
 このため89年いっぱいでぼくは降りてしまったので、同じ「ノンシャラン巷談」のパート2(1990年分)を土台にした「'90s(ナインティーズ)」(小学館) という本も出ているが、こちらには関わっていない。

※『'89』は1994年に河出書房新社から上下2巻のかたちで文庫化されています。
’89〈上〉 (文庫)
’89〈下〉 (文庫)