1991/07 放送衛星、北へ

1991年7月に雑誌に載せた原稿の復刻です。そのつもりで読んでね↓




 衛星放送対応のビデオやテレビを持っている家庭が、いまや400万世帯に達しているという。

 確かに衛星放送は、全国どこでも見られるし、画質や音質もよい。番組編成も新鮮だ。しかし肝腎の運営面では、このところ情けなくなるほどトラブルが目立つ。

●メインの衛星「ゆり3号a」は、太陽電池が予想外に劣化。

●BS2X、BS3Hの2つの補完用衛星は、あえなく打ち上げ失敗。

●あわてて駆り出された耐用年数ギリギリの「ゆり2号b」は、燃料不足で風前のともしび。

 ......要するに、まともに使える衛星が一つもない。また、「ゆり2号b」の出力がやや弱いために「雨の日は映りが悪くなる」という現象が目立ちはじめ、視聴者からのクレームも増えているらしい。

 この状態は、8月中旬に次の補完衛星「ゆり3号b」が"無事に"打ち上げられ、かつ"正常に"稼働しない限り解消できないという。今度また失敗したらどうなるのか。

 素人のわれわれでさえ不安になるくらいだから、当然、関係者もいろいろ対策を考えているはず......というわけであれこれ情報を集めてみたのだが、一つ、実に興味深い話が浮かび上がってきた。

 高画質な広域放送がもっと安定供給できるような、新しい方式の放送技術が開発途上だというのだ。

「正式には"ポラリス計画"というんですが、関係者は"鉄砲玉計画"なんて呼んでます」

 と漏らしてくれたのは、某放送協会の技術者・E氏である。

 --"ポラリス"って、たしか北極星のことですよね。

「よくご存じですね。このプロジェクトで使われるのは、地球の赤道上を回る"静止衛星"ではなく、北極星の方向にむかって、ひたすら地球から、そして太陽系から遠ざかってゆく人工天体なのです」

 --"ボイジャー"みたいに?

「その通り。北極星は、24時間つねに日本の北の空にあります。地球から充分距離をとって北極星方向に向かう人工天体も、地上からは見かけ上"もう一つの静止衛星"になり得るわけです」

 --どんどん地球から離れる一方とすると、電波が弱くなるとか燃料とか、大丈夫なんですか?

「技術的に簡単とはいいませんが、静止衛星につきものの"夜と昼の温度差"や"太陽からの放射線"の影響による故障は避けやすくなるし、姿勢制御もラク。発電装置は、地球の上を回るわけじゃないので安心して原子力発電が使えます」

 --故障の確率はむしろ低いと。

「視聴者にしても、アンテナを北極星に向ければいいだけですから、調整は簡単ですしね」

 --いいことずくめみたいに聞こえますが、ほかに技術的問題は?

「時差の問題はあります。たとえば地球から0・5光年の距離に達すれば、送った電波が戻ってくるまでに1年かかる。だからニュースなどには向きません」

 --映画やリバイバル専門局なら問題ないですね。ロードショー公開直後の映画を送り込むと、1年後に放送に流れる......いやはや、それにしても壮大な話だなあ。費用がずいぶんかかるのでは?

「実は現在"北極星の方角に、人類以外の知的生命体が存在する可能性"について調査中です。もしいるなら、彼らだって傍受可能でしょう?」

 --なるほど、「人類から宇宙へ向けての文化的メッセージ」という大義名分が立つ。それなら予算も出やすいかもしれませんね。

「いや、そういう意味じゃなくて。やっぱり宇宙人といえど、見るなら受信料をいただくのが筋ってもんでしょ?」

(c)YanaKen as "バニー柳澤" オリジナル掲載誌:集英社「月刊PLAYBOY」1991/11?




<FOLLOW UP>

 「ゆり3号b」は1991年8月25日に無事打ち上げに成功、平成10年11月30日まで稼動したそうな。