1992/01 「IBMとアップル提携」報道に寄せて

「今日はちょっと脱線して現在のコンピュータ業界の動向についての話をする。歴史の教科書は閉じて聞きなさい。

 キミらが大人になるころには、コンピュータは、今よりもっと重要な……あるいは、もっとアタリマエの道具になっているだろう。その重要でアタリマエのモノが、どのようにして重要でアタリマエになるに至ったか。その歴史を頭に入れておくのも勉強のうちかもしれない。

 実はコンピュータ業界は今、戦国時代さながらの、五里霧中的な様相を呈している。特に総本山・アメリカ合衆国のコンピュータ業界は大揺れしており、この先数年で業界地図がすっかり塗り変わってしまうかもしれないような歴史的大転換のきざしがあらわれているのだ。

 その“大揺れ”の震源地となっているのは、IBMとアップル--いずれもアメリカに本拠を置く、二つの大手コンピュータ・メーカーだ。

 両社は“IBM PC”“マッキントッシュ”という、いずれも世界的に普及しているが互換性はない二つのパソコンの、それぞれの本家本元メーカーとして知られている。

 すなわち商売ガタキ、宿命のライバル、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵……といいたいところだが、実際はむしろこの二つ、基本設計から画面の見てくれまで、すべてが異質すぎ、同列に並べてあれこれ言うこと自体が似合わないイメージのほうが強かった。

 ところが、そのIBMとアップルが今年(1991年)の7月、

“今後は両社が技術提携して、どちらのパソコンでも同じソフトウェアがそのまま使えるような基盤を整備し、次世代の標準に育てたい”

 ……と、おおざっぱに言えばそんな意味の共同発表を行なったのだ。

 さっきも言った通り、これまでの常識で考えれば両社を結ぶ接点はほとんどなかった。だから業界人の多くは不意をつかれ、大いにあわてふためいた。

 しかし、逆にこのIBMとアップルの同盟関係を既成事実として業界をとらえ直すと、なるほどこの二社が手を結べば、細かいことは今は省略するが、とにかく双方にとって何かと得であることが見えてくる。

 また、本当に発表通りのことが実現すれば、それはユーザーにとって理想に近いコンピュータ社会実現へのカギにもなるのだ。

 ……なんだ、みんなボケーっとした顔で聞いてるな。このテの話は面白くないか? ううむ。残念ながら先生には、この話の意外性やインパクトの強さをうまく伝えることができないようだ。適切なたとえ話でも思いつけばよいのだが……」

--先生、ぼく、なんとなくわかりました。要するに、こんなふうなことでしょ?

“アメリカとイラクが軍事提携して、アメリカは核兵器の技術、イラクは屈強な兵士を相手に提供する、と発表されたようなもの”

「ほう、鋭いな江端。軍事国家という意味では、アメリカとイラクはいいコンビかもしれないからな」

--よくわかんないけど、三波春夫と村田英雄がジョイント・コンサートを開いて、互いの持ち歌を歌うようなもの?

「そんなようなものだが、いまいちインパクトは弱いな」

--セ・リーグの最下位チームが高野連と提携して、夏の甲子園の優勝校と対戦するようなもの?

「なんだそりゃ。しかし実現したら客は集まるだろうな。プロ側の最下位チームには、いい発奮材料になるかもしれない」

--太陽神戸三井協和埼玉銀行が誕生するようなもの?

「うーむ。確かにそれも、ありえないような、あっても不思議はなさそうな……」

(c)YanaKen 1992 as バニー柳沢 オリジナル掲載誌:集英社「月刊PLAYBOY」1992/1(No.199)


PLAYBOY FRONT LINE バニー・柳沢の男の浮遊講座「今月は先月の来月」


一見、矛盾。でも、考えてみれば納得。"歴史"はそんな事態の積み重ねなのかも。




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 われながら「こんな話書いたっけ」って感じですが、1991年7月、「IBMとアップルコンピュータが広範な提携」という発表が行われ、当時かなり騒がれたのを受けて書いたコラムだったようです。

 なにせ10年ひとむかし以上も前の話。今となってはメインテーマとしたニュースも生徒に言わせている比喩の類も時代を感じさせるネタばっかりですね。

参考:http://forum.nifty.com/fpcu/pchist/pchist2.htm